4 霊的世界感応法、怪しき霊能者達
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 ◯ 霊的修行

 自称霊能者の殆どが、師匠なり、導師なり、トレーナーなりが
おりません。我流です。

 危険な事です。

 心の世界なので、精神分裂、うつ病、統合性精神疾患、などに
なり易いのです。脳に障害をきたす人もいます。

 例えば、精神分裂の人は、本当に映像が見えていたり、声が
聞こえたりしているのです。
 勿論その人にだけですが。

 妄想も、想像も、現実も区別が付か無いのです。

 そう言う人に限って、様々な霊能者と称する人の間をハシゴし
ます。
 自分を異常と思わない、思いたくない、それどころか、特殊能力
を持ったと思いたい。
 そのうち地縛霊、だとか守護霊とかオーラがどうのこうのとか、
ありきたりの知識を仕入れ、霊能者になったつもりになる。

 実に不思議です。
 自分の精神が異常をきたしている事に、何故気づか無いのです
か??

 行かなければならない処は、訳の判らない自称霊能者や自称
超能力者の処では有りません!
 精神科医へ行って治療を受ける事です。

 霊的なものに興味を示す人の殆(
ほとん)どが、心に闇を抱えて
いるか、コンプレックスが有る人です。そして、自分は他人と違う
何かある筈と思いたい人です。

 絵画や音楽などと違い霊能、超能力、などは核心は知られてい
ない為、都合が良いのです。

 人間生まれながら全て平等で、才能や能力は努力に比例する
と言う考えを受け入れません。
 何故なら、元々自我が強く、努力を嫌うからです。

 スポーツなり、芸術なり、学び努力している人は、何事も継続し
ないと出来無い事を、体感しているので、より謙虚になり、自分が
優れていると言う考えには至りません。
 もし、優れていると思う場合でも、サーブがとか、デッサンがとか
、トレモロがとか具体的です。

          霊的世界観法を説明します。

 どの宗教も、どの訓練法も原理は一つです。

 仏教では内観(
ないかん)法、小止観(しょうしかん)、密教では入定
にゅうじょう)、ヨガでは瞑想(めいそう)、神道では鎮魂(みたましずめ)。

 言葉は違いますが、意味は一緒です。

 外から視ますと単なる精神統一です。

 我々を含め、この世の全ては
としての形状を保っています。
 これはこれで非常に大事な作用です。

 しかし、
個はあくまで個であって天地に溶け込む、もしくは、より
深い世界へ入り込む事は出来ません。
 心だけでしたら可能です。物よりやや自由ですので。

 A君を例えますと、A君独自の記憶、身内全体の記憶と申しますか
、身内の共通意識へのリンク→男→人類→哺乳類→・・・・・・・・。

 その留まる処の意思が共有されますので、地球の裏側にいても
知りたい事を望めば自分の体を眺める様に感じ、観ズル事が可能
です。

 そして、それは霊的な事では無く、磁場の塊である地球上の事で
すので自然現象です。

 尚、この母なる大地、ガイア、地球は誕生したあらゆる生物、個々の
一生、今、すでに絶滅した種、今生きている様々な生物の生死を記憶
し続けているのです。

 このガイアとの一体化する為には必ず、呼吸法、姿勢(脊髄の直
正)、心の無動化が必要です。

 話は少しズレますが、ライオン、ハイエナ、肉食獣が獲物を狩る時
殆(ほとん)ど生きたまま食べていきます。さぞかし餌食になった獲物
の怨念が凄まじいのでは?と思いますが、ケロッとしています。

 人が似た様な事をすればおそらく、精神に異常を来すでしょう。

 人と肉食獣の違いは想像力です。
 人は言葉のせいで恐ろしく想像力を発達させました。
 妄想力ともいいます。

 鎮魂、瞑想時、最も邪魔になるのがこの頭、心の働きなのです。

 元々自我と言う
に縛られ個我を自分と思い込んでいるのが人間
です。


 深く内宇宙に入り込むと、色々な映像が脳裏に浮かんでは消え、
消えては浮かびます。

 この時点で意識はハッキリせず、丁度(
ちょうど)半分眠り半分起き
ている半覚醒の状態です。

 怖いのはその状態で観た映像がが事実か妄想か区別が付かない
のです

 人の記憶は、ある意味では非常に正確で、ある意味ではとんでも
無くいい加減なのです。2,3歳の時視た景色がフッと浮かんだり、
本で読んだ話が実に現実的に体感してみたり。

 全て否定出来るのかと思ったら、実際の予知だったり。

 これらを客観的に判別する技術者を「審神者(サ二ワ)」と呼びます

 個体のコントロールは、夢の中で夢と認識する、物を考える程の難
しがあります。

 導師、師匠、インストラクターが外から観察する、外的審神(サ二ワ
)の方法もあります。
 体が小刻みに揺れている、呼吸が早くなった、意識を無くした、泣
き出した等々、観察します。

 さもないと精神、脳に障害が起きやすいのです。
 識以下の事ですので

 これらのコントロールも無く見たままを信じ切り、まるで疑問、反省、
客観性の欠如の状態を「独覚(ドッカク)」と言い忌み嫌われます。

 精神分裂を起こしている人間には、本人にだけ現実的に見えてい
るのです。


 妄想に凝り固まり
強度の独覚も、強烈な映像が見える様になり、や
がて精神が病みます。

 17世紀西洋の心霊研究家、エマニュエル、スエーデンボルグなども
強度の
独覚です。
 キリスト教文化圏で育った為、周辺の宗教観と思い込みがオカルト
へ移行しました。

 世に言う自称霊能者、カルトの教祖達は
独覚です・

 この人達試に、「射覆(セキフ)の絵を当ててごらん」と言ったら誰一
人正解しませんでした。
 答えを知った後、円いものが見えたの四角いのが浮かんだのゴタク
は並べますが。

 ちなみに易学を学んでいる人は2、30回に一度は、靴、車、景色、
そのままズバリと当てます。。
 勿論、本人達は霊能者とも超能力者とも思っていません。

  
◯射覆(セキフ)

 易学の至誠感通の訓練の為、物にカバーし何を隠したか、
若しくは絵を描いて何を描いたかを当てる訓練法。
 平安時代、阿倍清明と芦屋道満の対決は有名。
です。

 「百聞は一見に如かず」です。
 
☆射覆(セキフ)集をご覧下さい!
 解答者は、霊能者でも超能力者でもありません。
 ごく一般の方々です。

   ◯現状の霊媒、霊視鑑定のうさん臭さ

 霊能力を業としている人に聞きます。

 「その力どうしたの?」
 「神様、仏様から頂いた。有り難い。」殆(
ほとん)どの霊能者
が答えます・

 「その力お金払って買ったの?」
 「タダで頂いた力です!」って、、、、、、、。


 ????????

 タダで頂いたならタダで返すのが普通でしょう?
 つまり本物の霊力は商売にならないと言う事です。

 料金が発生すること自体おかしいでしょう?

 「助けてくれて有難う御座います。これお礼です。どうか
御受け取り下さい」と言うのなら話は別ですが。


 人は知能が発達し過ぎて居るが故に、想像力、妄想力が
心の闇を肥大化させ、あの世、怨念、地縛霊などにおびえる
事になったのです。

 累々と説明して来ましたが、知らないで霊感、霊視鑑定を
否定している訳では無いのです。

 私からすると、偽霊能者もさることながら、安易に飛びつく
人間にもかなりの問題があります。

 そういう人間に限って、運命鑑定を下目に視て霊視が上と
言う小馬鹿に態度が多いのです。

 
「神を尊びて神に頼まず」と言う考えを試みて下さい。

 ソクラテス。アリストテレス、プラトン、の時代旧い宗教から
脱局しようと哲学と言うジャンルが起きました。

 21世紀の今、従来の宗教や哲学を凌駕(
りょうが)する考え
方が出てきても可笑しくありません。

 今、人類全体が霊的進化の時を、迎えているのかも知れま
せん。

 さもないと我々で、我々を滅ぼす事態も起き無いとも
 限りません。