3

 占例 佐久間象山立筮自占暗殺予知に対する生死感   
                      
◎次のページへ   ◎周易TOPへ
 幕末、佐久間象山と言う人がいました。
 松本藩士で蘭学に精通し、誰に教わる事もなく、
 蘭学の本を読んだだけで、写真機を作り日本初の
 自撮り写真をした程です。現存する象山の画像はそれです。
 勿論、西洋の軍事にも精通し近代戦の組織のあり方などを
 極め、これからの日本のあり方など思想面でも抜きん出ていました。
 

 日本各地から選りすぐりの人達が教えを乞いに、その門下に
 集まりました。 
吉田松陰 勝海舟 西郷隆盛 後、明治維新
 
の立役者の殆どです。
 
象山影響下での人間達が維新の主役になってゆくのです。

 幕府
長州から相談役としてオフアーがありました。
 
象山は幕府の禄をは喰んでいたため幕府に仕える事にしました。 
 当時の武士ですから、四書五経にも精通していました。
 五経の内には当然易経があります。
 
象山はこのも達人で群を抜いていました。
 そこで幕府に仕える事の
吉凶を易に尋ねます。
  


  
 得た卦は沢天夬カイ上6 
   最上爻、身体で云えば首の部分だけ陰
   つまり、首無しのカタチ。
   
卦辞は
   揚于王庭  「夬は王庭に揚ぐ」
   
孚号有厲 「孚(まこと)ありて号(叫ぶ)も厲(危うき)ことあり」
   告自邑 告ぐるに邑よりす」
   
不利即戎 戎(じゅう)に(ツク)に利有らず
 
   利有攸往
 往(ゆく)攸(ところ)あるに利有り」

   王庭とは公儀 朝廷の公で正不正を正す場。
   揚 堂々と大義名分を天下に発する事。
   孚号 こちらに義があっても正論を述べても
   有厲
 危険な事態に遭い易い(トップ上六陰にして国家の元凶)
   告自邑 自邑は自分達の村人 思想信条の一致する者達に告げ
        味方を増やす

   不利即戎 戎とは蛮族 力、暴力を頼りに自我を通す上位射「上六)
  
       不利 と手を組んでも何の利も無い。他全て戎の首を
              狙っているのだから。

   利有攸往  爻と力を併せて討伐に向かえば利があるだろう。

   爻辞は 无号 終有凶 「号(叫ぶ事)无(な)し 終(ついに)凶有り」
    
号(叫ぶ事)无(な)しとは一言も聞かれず、弁明も許されるず、の意。
    終(ついに)
とは色々紆余曲折のすえ
    凶有りとは命さえ落とす(それも上六は首をあらわすので斬首)             

        要するに幕府に就けば首を取られ死。大凶!

           爻は足、2爻は腿と対応       
 上六除いて
全陽。
 陽
小人上六除かんと幾を探るの形。
 やがて、時めぐり
上6首刎ねらる、の意。

 上六陰で首なしの象。
 夬は快から変化、決するの意。
 
上6一陰小人天下を壟断す。


 現代人なら当然、如何に凶を避け、如何に生きるかを考えるでしょう。
 
しかし、当時の武士は主体が生き様では無く、死に様。
 
死ぬと解り切っていても従容と受け入れるが美徳。

 卦の吉凶も解釈もそれらにより変化します。

 卦辞に王庭とあるので、乗馬に王庭と命名し
 親しき人々と水杯を交わし旅立ちました。

 結局、長州の志士に闇討ちに遭い首を晒される。
 有名な実話です。
 でも、本人は悔いは無かったはずです。


 
葉隠れ(ハガクレ)曰く「武士道とは死ぬ事と見つけたり!」
 
人生の基準が、死に様(ザマ)に置き、如何に死ぬかが大事!

 いたずらに死を恐れ、逃げるのでは無く、時と場合に依っては
蕭々(ショウショウ)と死に立ち向かい、又、受け入れる。


 現代人と違い、如何に生きるかと言う、生き様に重きを置いていな
いのです。


 大事なのは、本人の人生に対する価値基準。
 
何を良しとするか。」で易の用い方も違ってきます。

 象山にはそれが正義であり、生きた証しだったのでしょう。

 人の人生感、一生は選択と決断に掛かっています。
  つまり
極数知
です!